堂本剛が『金田一少年の事件簿 上海魚人伝説』以来、
27年ぶりの単独主演を務めたという映画
『まる』。
監督・脚本を務めたのは『波紋』の荻上直子監督。
豪華キャストが揃う本作ですが、中でも実力派俳優、綾野剛が
本作でも力量を発揮されています。
果たしてどんな役柄を演じたのか?
人生に悩める人にこそおすすめの本作が
たどり着く結末には何が待ち受けるのか。
ラストの解説や推察を綴っています。
『まる』あらすじ
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— 映画『まる』公式 10.18 FRI (@movie_maru2024) March 28, 2025
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偶然描いた◯により、
正体不明のアーティストとして一躍有名に?!
自分なのに、自分じゃない人生が転がり出す─🌀
ぜひ春休みの機会に
映画の世界観をご堪能ください𓂃 .🌸#堂本剛 #荻上直子 pic.twitter.com/kHGRAG5zi4
美大を卒業した沢田だったが芸術で食べていくことは出来ず
人気現代美術家・秋元のアシスタントとして勤しんでいた。
そんな折、沢田のアイデアは秋元に搾取され続けている。
その現状で満足なのか?と同じアシスタントの矢島は問う。
沢田は矢島の問いに顔色ひとつ変えることなく、歴史上に名が残る建物を例に挙げ、
有名なその建物を建築したのは名もなき大工さんなのだと返した。
そんな帰り道、雨に降られた沢田は雨天の空を舞い飛ぶ
鳥の群れに目を奪われ交通事故にあってしまう。
商売道具である右手を骨折してしまった沢田は
秋元からクビを言い渡される。
職を失った沢田が公園のベンチに座って池を眺めていると
隣の初老の紳士が鯉にパンをあげていた。
仕事を失くしたことを打ち明けた沢田に対し、
その老紳士はパンを丸く切り抜いて見せる。
沢田が帰宅すると、キャンパスの上をアリが這っていた。
突如としてそのアリを囲うように
『まる』を描いた沢田だった。
その『まる』を古道具屋に持ち込んだ沢田だったが
この『まる』を巡って沢田の思わぬ展開が待ち受けていた・・・
キャスト
堂本剛、綾野剛、吉岡里帆、森崎ウィン、戸塚純貴、おいでやす小田、
濱田マリ、早乙女太一、片桐はいり、吉田鋼太郎、小林聡美、柄本明 他
以下、結末までのネタバレを含みます。
未視聴の方はご注意ください。
本記事は2025年3月時点のものです。
最新情報は各サイトにてご確認くださいませ。
映画『まる』の結末を解説
右腕を負傷した沢田は部屋を這うアリを囲むように
『まる』を描きました。
沢田が何気なく描いた『まる』を売りに出すと、その絵は突如としてバズリはじめ
その作者である『さわだ』は謎めくアーティストとして有名人になってしまいました。
当の本人を置いてきぼりにして・・・。
そして沢田の元にアートディーラーの土屋という男性が現れ、
『まる』の追加購入を打診してきました。
自身が認めたものであれば一作100万円で買い取りたいと言うのです。
沢田はギャラリーに売り出された絵、美術館に展示された絵、
それは自分が描いたものだと告白します。
その途端に、周囲の反応は変化していきました。
沢田の働くコンビニにも沢田目当ての人が訪れたり、
マスコミに囲まれたり、その生活は一変しました。
しかし隣人で売れない漫画家の横山は、沢田の作品をただの〇だとし、
自分が沢田だと偽って○を描きまくり沢田を困らせます。
沢田は個展を開くまでになりますが、
望まれているのは円相ばかりでした。
土屋が連れて来た売れっ子アーティストは、
自分や沢田は土屋のペットなのだと言います。
それは自分が描きたい絵ではなく
望まれた絵だけを描かなければいけないことを意味していました。
元同僚の矢島はそんな沢田の個展に乱入し、
円相をめちゃめちゃにして『アーテイストからの搾取をやめろ』
と繰り返しました。
そんな矢島と視線があった沢田。
矢島は指でまる眼鏡を作って沢田を覗きます。
自身の個展が台無しにされた沢田でしたが
その表情はどこか安堵していたようでした。
一方で土屋とギャラリーのオーナーである若草萌子は沢田に新たな絵画を求め、
沢田は自身の描きたい絵を持参するが、円相ではないと売れないという理由から、
その絵に『まる』を描くことを要求されます。
言われるがままにまるを描いた沢田でしたが次の瞬間、
描いたまるの中心をパンチでぶち抜きました。
そのまま無言でその場を後にした沢田でした。
しかしその絵は海外に渡り、本来の向きではなく縦向きに飾られるも、
またもや大絶賛にかられるのでした。
一方の沢田は、住んでいたアパートの取り壊しにより
その地を離れ引っ越すことになりました。
手の負傷で絵が描けない間、バイトをしていたコンビニの
沢田の指導係でミャンマー出身のモーは沢田の退職を寂しがり
最後に『まる』を描いてくれないかと依頼します。
モーが差し出す色紙にまるを描く沢田でしたが署名はしませんでした。
署名がないということは、そのまるが『さわだ』の円相だという証明も
できないという意味であり、金銭的な価値は皆無であると言えます。
しかしそのまるを受け取ったモーは感謝とともに大事にすると喜んでいました。
沢田の前に再び現れた先生は交通誘導員になっていました。
そんな先生は沢田に今度は○ではなく
『底辺×高さ÷2』と叫んでいました。
不思議そうに、けれども先生に出会えたことを嬉しそうな沢田でしたが
再び空を舞う鳥に気をとられて・・・。
ガシャーン。
綾野剛はどんな役?
沢田が住む部屋の隣人で売れない漫画家の横山。
それが本作の綾野剛の役どころでした。
芸術家を目指しながらも無欲で執着を捨てた沢田に対して
漫画家として成功することにこだわり続けるあまり
現状に苦悩するのが横山でした。
沢田にとって横山は、もしも沢田が自身の欲や成功に執着していたとしたら
なっていたかもしれない、目をそむけたくなる存在なのです。
ああなりたくはなかったから、今の自分になった。
そんな姿に映る横山という男。
しかしながらそれは、沢田の隠された本音を映し出した
合わせ鏡のような役割だったと言えるでしょう。
沢田は自分の描く『まる』が一躍人気になりますが、状況がわからず動揺と期待の中で
『まる』の中にも自分らしさを描こうとします。
しかしアーティストさわだは、無心の『まる』を描いてこその人気にすぎませんでした。
土屋の思うがままに『まる』だけを描いていれば
沢田のアーティストとしての地位は一定期間続いていったのでしょう。
その人生は、沢田が描いた〇の中に閉じ込めたアリのようでした。
あのアリは〇の外へ這って行くたびに沢田の〇に囲まれ、
沢田に生かされた挙句の果てにはまるの線上で息絶えていたのです。
横山の
『何のために絵を描くのか』
という質問は自分を生きるとは何なのか?という問いなのです。
沢田はその答えを声を詰まらせながら静かに吐き出しました。
自分の描きたいものを描きたい。
それは欲であり自我かもしれないが、あのアリのようではなく、
それこそが沢田の生きる答えであり原点なのです。
そっとしまっておいた大切なものを見つけ出した沢田は
やっと眠れるようになりました。
そんな沢田に横山は
『おつかれ おかえり おやすみ』
と激励をこめた言葉を掛けます。
様々な人との出会いの中でも沢田にとって横山は
自分の本音を導き出してくれた存在だったと言えるのではないでしょうか。
『まる』その他の考察と感想
本作には綾野剛が演じた横山は沢田の答えを導くために
なくてはならない存在でした。
しかしその他にも沢田の心を突き動かした人物は多々登場していました。
中でも特に仕事をクビになった沢田が出会う謎の先生は印象的です。
パンの中心を丸く抜き取って見せ、
深く考えすぎないことを提案した先生。
先生が示した〇を描き、その動向に一旦は身を任せてみた沢田は
その〇を打破して自分流の生き方を選択するというラストになりました。
ところがその結末にも先生は登場し、
なぜか交通誘導員となっていて今度は『底辺×高さ÷2』という
三角形の面積を求める公式を叫び出すのです。
この光景をいかなる意味に解釈されますか?
沢田が唱えていた『諸行無常・・・』のように、
裕福そうだった先生もその富はずっとは続かなかったという示唆なのか、
自身が三角形の頂点付近にいるからこその『底辺÷2』を実行して
自身の富を分け与えた結果なのか。
だとすればこの先沢田が成功をおさめ、三角形の上位に昇りつめたとしても
初心を忘れてはいけない、そしてその成功や富はずっと続くとは限らないという
助言なのでしょうか。
一方で芸術とは無関係の場所でであったコンビニ店員のモー胸熱キャラでした。
彼は日本語の発音を日本人に揶揄されても気にすることなく明るく振舞います。
しかしポジティブな人だと思っていたモーは実はそうではありませんでした。
それは自身の気持ちに蓋をし、異国の町でうまく生きていくための策にすぎなかったのです。
そう振舞わなければやっていけない
そんな不安や苦悩は誰でも持っているのかもしれません。
搾取され続ける人生でいいのか
と訴え続ける矢島は、手で〇を作って双眼鏡のように沢田を覗きこんでいました。
矢島は沢田と同じく秋元のアシスタントとして
よもや沢田の二の舞になりそうな自分を奮い立たせていたのかもしれません。
〇に囚われてしまった沢田を助けに現れたヒーローのようでした。
久しぶりすぎる主演を務めた堂本剛ですが
そのミステリアスな魅力とまさに芸術的な演技は健在でした。
本作の内容はもちろんですが、主題歌の『街』も過去作でありながら
まるでこの物語のために書き下ろしたような歌詞が印象的で胸に刺さりました。
本作はなかなか言葉にならない難解な物語だと感じました。
芸術家でもそうでなくても思い当たる節や
胸に刺さる部分は多々見受けられ、
そこには正解はなく芸術同様に、見る人の立場や理想、考え方によって
様々な解釈になる一作なのだと思います。