2021年に本屋大賞などを受賞した町田そのこ氏の長編小説
を杉咲花主演で映画化された
『52ヘルツのクジラたち』。
虐待やトランスジェンダーといった難題をテーマにした本作。
重い苦悩の中に誰かに届く何かが見つかるのは
志尊淳が演じた岡田安吾(アンさん)のセリフには
孤独の裏に温かさも存在するからではないでしょうか。
そこで本記事ではそんなアンさんの言葉を徹底分解してみました。
『52ヘルツのクジラたち』あらすじ
⋰#本屋大賞 受賞
— 映画『 52ヘルツのクジラたち 』公式 (@52hzwhale_movie) August 10, 2023
『 #52ヘルツのクジラたち 』
🐳 映画化決定 🐳
⋱#町田そのこ の圧巻の傑作ベストセラー小説が実写映画化📷
◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
主演: #杉咲花
×
監督: #成島出
_______◢
誰にも届かない声で泣く孤独な魂たち。
その出会いが生む、切なる愛の物語。
2024年3月公開‼️ pic.twitter.com/0h0oF0CRrR
東京を脱出し大分県にある海辺の町へ引っ越して来た
20代の三島貴瑚。
地元民の間では若い女性が単身で東京から遠く離れた海辺の町へ来た
その理由について憶測の噂でもちきりになります。
貴瑚が家の修繕を依頼した作業員の若手もつい彼女の過去について
あらぬ詮索をしてしまいます。
作業員の先輩・村中真帆はそんな若手をたしなめ、
以前同じ家に住んでいたおばあさんも東京から来た芸者あがりの美しい人だった
ことから貴瑚も訳ありではないかと皆が勘ぐっているとフォローをしました。
すると貴瑚は答えました。
「半分アタリ。ここは祖母の家だから」
・・・と。
彼らとの話を切り上げ海を眺めながら
イヤホンから流れる何かを聞いている貴瑚の
隣に一人の男性が腰かけています。
貴瑚は彼に問ました。
「なんで私を置いて一人で去っていったの?」
その矢先、どしゃぶりの雨に見舞われた貴瑚は腹部の痛みに
耐えかねてうずくまってしまいました。
すると髪の長い子どもが放置された傘を拾って貴瑚に差し出します。
貴瑚はその子を自宅へ招きいれ服を乾かすべく脱がせたところ、
その髪の長い子は少年で彼の身体には複数のアザや傷跡が見られた
のでした・・・。
キャスト
杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、金子大地、
西野七瀬、真飛聖、池谷のぶえ、余貴美子、倍賞美津子 他
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以下、結末までのネタバレを含みます。
未視聴の方はご注意ください。
本記事の情報は2026年2月時点のものです。
最新の情報は各サイトにてご確認くださいませ。
『52ヘルツのクジラたち』解説
土砂降りの雨の中倒れ込んだ貴瑚に傘を差しだしてくれた少年の
身体には沢山のアザや傷といった虐待の跡が刻まれていたのです。
そんな彼に貴瑚は
「52ヘルツのクジラの鳴き声」を聞かせます。
その声はあまりに高すぎて周りの仲間たちには聞こえない
孤独なクジラの声なき声だと言います。
言葉は理解しているようだけれど、自ら言葉を発することはない
傷だらけの少年の声なき声を聞きたいと願う貴瑚でした。
そんな貴瑚にも彼女の誰にも届かなかった声を聞いてくれた
大切な存在があったのです。
アンさんとの出会い
貴瑚が少年をほおってはおけない理由にはその姿に自身を重ねたからです。
貴瑚は幼少のころから母親の由紀に暴力を加えられていました。
それでも由紀が「愛している」と伝えることによって
その暴挙は清算され再び殴られることの繰り返しの日々でした。
成長した貴瑚は病気になって寝たきりになった
継父の介護をたった一人で24時間体制で3年間も担っていたのです。
しかし3年前のある日、継父が誤嚥性肺炎を患ってしまうと、
由紀は介護をしていた貴瑚の故意を疑い
「夫ではなくあんたが死ねばいいのに」
という暴言を吐き、さらに暴行を加えます。
由紀の暴行によりアザだらけになった貴瑚は車に向かってふらふらと
歩いていく姿を目撃した一人の男性が彼女を救い出します。
その男性はアンさんこと岡田安吾と言い、自殺をしようとした貴瑚を救い、
その後、由紀からも解放してくれたのです。
アンさんとの初対面の際、疎遠になっていた同級生の美晴
もその場に居たことから3人で頻繁に会うことが増えて、
貴瑚は見違えるように明るくなっていったのでした。
「ムシ」と名乗る少年
そんなアンさんが自分を救ってくれたように
現在の貴瑚は少年を救うため母親の琴美に会いに行きました。
しかし琴美は少年を名前ではなく「ムシ」と呼び、迷惑な存在だと一喝します。
その行為は琴美の虐待を悪化させてしまい、
責任を感じいたたまれなくなった貴瑚は
顔にケチャップをかけられた姿で尋ねてきた少年を一時預かる決意をします。
少年に名前を尋ねると彼は「ムシ」だと名乗ったので
ひとまず「52」と呼ぶことにしました。
そして他に頼れる人は居ないかを尋ねると少年は
「ちほちゃん」という存在を明らかにします。
その頃、急に東京から消えた貴瑚を探し当て美晴が訪ねてきました。
少年の事情を知った美晴も協力に加わり、3人でちほちゃんの元を
訪ねます。
しかしちほちゃんは既に他界しており、近所の女性は
貴瑚らを招きいれ話してくれました。
少年の名前が「愛(いとし)」であること、
ちほちゃんだけは愛を可愛がっていたこと、
元々言葉が遅かった愛が最初に発したのが「ちほ」だったことから
激怒した琴美によって舌にたばこを押し付けられてから二度と言葉を
発することがなくなったことを。
アンさんの声なき声
美晴は突然姿を消した貴瑚に
アンさんと何があったのか?
尋ねました。
貴瑚は1年前に遡って語り始めます。
美晴と彼女の彼との4人で飲んだ帰り道、
2人きりになった貴瑚とアンさん。
その時、貴瑚はアンさんに告白したのです。
そしてアンさんは私のこと好き?かと問いました。
しかしアンさんの答えは煮え切らないものでした。
キナコ(貴瑚)のことをとても大切に思っている。
だからキナコの幸せを願っているのだと。
貴瑚はアンさんが自分に対して友情以上の感情を抱いていない
ことを確信し、そっと心の奥に恋心をしまいこみました。
そんな折、会社で同僚同士の喧嘩に巻き込まれて怪我をした
貴瑚は会社の専務である新名主税と知り合い、
豪華ディナーを重ねるうちに付き合うことになりました。
綺麗な夜景が眺めるマンションで主税と同棲を始めた貴瑚は
お披露目会としてアンさんや美晴との会食の場を設けました。
そこで貴瑚からアンさんという恩人の『魂のつがい』という言葉を聞いていた
主税は女性だと勘違いしていた『アンさん』が安吾という男性だった
事実を目の当たりにし、嫉妬心にかられます。
自分こそが貴瑚の魂のつがいだからもう彼女には関わるな
とけん制する主税でした。
後日、貴瑚を呼び出したアンさんは主税が相手では幸せにはなれないから
別れた方がいいと助言します。
しかし貴瑚はアンさんの言葉をはねつけ、
またみんなで会おうと突き放したのです。
間もなくして貴瑚は主税と取引先の令嬢との縁談が決まったことを
知ることとなりました。
それでも主税は貴瑚の面倒を一生見るからこのまま交際を継続しようと
もちかけ、貴瑚もしぶしぶ承知してしまうのです。
ところが主税の父親であり会社の社長あてに、
主税と貴瑚の関係を暴露した手紙が届いたと言います。
その影響で取引先令嬢との婚約は解消され専務の職を解かれた主税は
暴露の手紙を書いたのがアンさんだと言い、貴瑚のことも責めました。
主税はその仕返しとしてアンさんを調べ上げると
アンさんの母親を呼び出し、秘密を暴露するのでした。
アンさんの母親に対し、実際に見てもらった方がいい
と不適な笑みを浮かべる主税の前に現れたアンさんを見て
驚愕の表情を浮かべる母。
アンさんは元の性別が女性であるトランスジェンダーだったのです。
隠していた秘密を母親に露呈されてしまったアンさんは
自分を見る母の表情を目の当たりにして
その場にうずくまり悲痛な叫び声を響かせました。
最後の願い
その夜、母親はアンさんの真実について話合いますが、
女性に戻れないのか?地元へ帰ろう、治療すれば治せるかも・・・
という母親として子どもを思うからこその心ない言葉を
次々と発してしまうのです。
その言葉を聞くアンさんの表情は徐々に曇っていきました。
一方帰宅した主税は貴瑚にもアンさんの秘密を露呈します。
アンさんの真実を母親の前で暴いたという奇行を知って、
主税に対し初めて嫌悪感を抱いた貴瑚はアンさんの元へ走ります。
貴瑚がアンさんの部屋に到着したところ同じく訪ねて来た母親が現れ、
これから2人で地元へ帰るのだと話しました。
施錠されていなかったアンさんの部屋へ入った母親が
貴瑚を招き入れた直後、
その空間をアンさんを探していた母の慟哭が埋め尽くしました。
何が起こったのか察知した貴瑚も嗚咽するように
倒れ込み立ち上がることが出来ませんでした。
浴室で変わり果てた姿となって発見されたアンさんは主税に手紙を残していました。
そこにはアンさんの最後の願いがしたためられていたのです。
それはどうか貴瑚を幸せにして欲しいということ。
別れるか、出来ないならば貴瑚だけを見て欲しいという願いでした。
しかし手紙を渡そうと帰宅した貴瑚を殴りつけた主税は
アンさんの手紙を開くこともなく燃やしてしまいました。
ちりになった手紙を眺めながら貴瑚は包丁を握りしめ、
主税の目の前で自らの腹部に刃を突き刺したのでした・・・。
もう一人の自分の声
その一件から東京を後にして海辺の町へやって来た貴瑚。
そこで出会った少年もまた親から愛されずに虐待を受け苦しんでいました。
自分が今こうして生きているのはアンさんが居たからだと
確信する貴瑚はアンさんがしてくれたように今度は
愛の声を聴いてあげる側になりたいと強く思ったのです。
しかし村中が自身の祖母を連れて貴瑚の元を訪れ
琴美が男と出て行った。
愛の件も役所への手続きをふまなければ誘拐犯になってしまう
と助言を告げます。
部屋の影から村中らと貴瑚の会話を聞いていた愛は
その夜、『さようなら』と書置きして出て行ってしまいます。
書置きに気づいた貴瑚は家を飛び出し懸命に愛を探します。
すると愛は一人で海を眺めていました。
飛び込むつもりなのだろうか?と危惧した貴瑚は愛に懸命に話かけます。
自分にも愛が必要なのだと。
だから愛の声を聞かせて欲しいと。
すると愛は声を絞り出し貴瑚の名前を呼ぶのでした。
そんな2人の前に1頭のクジラが現れ、激励のしぶきをあげます。
びしょ濡れになった貴瑚と愛でしたが2人は幸せそうに笑みを浮かべます。
それでも貴瑚と愛が本当の家族になるのはそう簡単なことではありませんでした。
しかし貴瑚はその町で愛と見る未来に向かって一歩ずつ歩んで行く決心を
固めたのでした。
アンの言葉が示す意味と孤独
家族という存在故に抜け出せない苦しみの渦中に居た
貴瑚を救ったアンさんの言葉。
しかしその言葉の数々が貴瑚に届いた理由は、
アンさん自身が孤独と闘っていたからなのです。
家族という呪縛
どんなにひどい仕打ちを受けていたとしても
「家族」というしばりは強固で、なかなか絶つことはできない。
それでもアンさんは言うのです。
家族が呪いになってしまったのなら離れても良いんだ
と。
家族だから心の底には無償の愛情があるのかもしれない。
しかし貴瑚にとってそれは幻想でした。
一度も母親からの愛情を得ることはなかったのです。
アンさんもまた母親との間に無償の愛情が存在することを
願っていたのではないでしょうか。
だからこそ母と疎遠になったとしても本当の自分を隠して生きて来たのです。
アンさんの母親は子どもに愛情をもって接していたかもしれません。
それでもありのままの姿を受け入れることを拒み
男性として生きたいというその感情は病気であり悪いものなのだ
という概念を払拭するには至りませんでした。
他の誰でもない一番の味方であってほしい母親が、
無償の愛情は存在しないことをアンさん自身に証明してしまったのかもしれません。
貴瑚のように、例え家族でも、もしかしたら家族だからなおさら
忌み嫌い、憎み合ってしまうこともある。
それは悲惨で残酷な現実だけれど、もしもそうなってしまったのならば
離れる決断が最善の方法なのだとアンさんは言うのです。
心の声
アンさんと出会って、自らの人生を投げ出すくらいに限界に達していた
日々からやっと脱出できた貴瑚でした。
それでもやはり母との別離は貴瑚を苦しめます。
お母さんのことが大好きだった。
と泣き叫ぶ貴瑚にアンさんは語りかけるのです。
貴瑚の心の声が僕には聞こえたよ
大好きな母親に愛されない。
そんな母親は貴瑚にたった一人で片時も休めない介護の日々を
強いていた。
そんな心身の疲労と孤独とも闘わなければならなかった貴瑚の叫び。
でも今はアンさんにはその声が聞こえている。
もう孤独ではないのだから一人で悩まなくても良いんだ
という貴瑚にとって救いの言葉となりました。
子どもにとって親からの愛情を受けることができないことは
心身を切り刻まれるほどの痛みと一生消えない傷を負い、
自分の生きている理由さえわからなくなってしまうような奈落かもしれません。
それでも孤独ではないことを、母親から貰えなかった愛情や築けなかった絆は
他の誰かと築けば良いんだと語り掛けているようでした。
魂のつがい
母親の呪縛から解き放たれた貴瑚の行く道には第二の人生があります。
第二の人生で、キナコは魂のつがいと出会えるよ。
愛を注ぎ注がれるような、たった一人の魂のつがいのような人ときっと出会える
愛情を注ぐばかりで一滴も注がれることは叶わなかった
貴瑚の第一の人生は終わりを告げました。
そして次の人生で待っているのは今度こそ愛情に包まれる日々。
相思相愛の相手は誰にでもどこかに存在している
という希望の言葉ではないでしょうか。
『52ヘルツのクジラたち』レビュー・感想
「海に眠るダイヤモンド」や「青くて痛くて脆い」や「市子」などなど
杉咲花さんの作品を視聴することは多くありました。
その中でも本作の貴瑚というのは難しい役どころだったと思います。
しかし虐待され過酷な介護を一人で担う貴瑚の
生気のないただ息をしているだけという様や、
解放された後もやはり母が大好きでたまらないという苦悩に囚われ続ける姿、
そして第二の人生を知って明るい笑顔を取り戻したものの
愛情を取り違えている癒えない傷跡など
鬼気迫る演技が圧巻でした。
それだけでも見ごたえのある作品だと言えると思います。
一方でアンさんを演じた志尊淳さんが登場した時の
あごひげの違和感の正体は物語が進むにつれ回収されることとなりました。
きっとあれは自分は男性だという自身を保てる小さな糧だったのでしょう。
愛情が不在な訳ではないのに断ち切らなければ保てなかった母親との絆。
その腕には自分の本当の姿が母親を絶望させ苦しめる前に
消えてしまおうとした多数の痕跡となって、その苦悩の深さをにじませました。
杉咲さんとは対照的に終始静かな演技が多かったアンさんが
一度だけあげた悲痛の叫び声。
それでも貴瑚にはおろか母親にもその声が届かなかったことが
アンさんを本当に一人きりにしてしまったのでしょう。
実際の52ヘルツの鯨というのは正体不明の個体なのだといいます。
それ故なのか他の鯨仲間とは異なるとても珍しい周波数で鳴くことから
その声は誰にも届かず世界で最も孤独なクジラと呼ばれるのだそう。
筆者の周りには親に虐待されていた人も、
トランスジェンダーも存在しない・・・
と思っていました。
しかしこの作品を視聴してふと思ったのは
それは私が個人的にそう判断したことに過ぎないという疑念でした。
ただその声が聞こえなかっただけなのかもしれません。
この作品でみなさんは何を感じましたか?
筆者は改めて「普通」とか「絶対」なんてこの世界に存在しないと心得
ようと思いました。
そして「孤独」予備軍な筆者ではありますが(笑)それを嘆いているばかりではなく、
少し角度を変えてみようと思う気持が大切なんだと思わせてくれる一作でした。
