一人の少年に対するいじめ問題はやがて
周囲の人を巻き込み大きな渦になってゆく・・・。
そんな是枝裕和監督と脚本の坂元裕二氏がタッグを組んだ
ヒューマン・ミステリー映画『怪物』。
3人の視点で描かれる物語に潜む怪物の正体とは?
校長の嘘とは何だったのか?
ラストの意味についても推察しています。
この記事のポイント
・3人の視点で描かれる怪物
・校長の嘘と二人の結末とは
『怪物』あらすじ
本ポスタービジュアル解禁
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「怪物、だーーーれだ?」#是枝裕和×#坂元裕二/#坂本龍一
映画『#怪物』
𝟼.𝟸 𝑓𝑟𝑖. 𝑅𝑂𝐴𝐷𝑆𝐻𝑂𝑊🌱
「怪物」探しの果てに、
私たちは何を見るのか―#安藤サクラ #永山瑛太 #黒川想矢 #柊木陽太 / #田中裕子 pic.twitter.com/I2r7PnJsH2
麦野早織は夫を事故で無くし、息子の湊を育てるシングルマザーである。
ある夜、ガールズバーが入った雑居ビルで火災が発生した。
その様子を自宅のベランダから見る早織と湊。
アイスを食べながら湊は早織に
『豚の脳を移植されたらそれは豚か人間かどっちなのか?』
と質問する。
早織は『豚の脳を持っているなら人間ではない』と言った。
変な質問だと不思議がる早織に、
湊は担任の保利先生がそういった研究が存在することを言及したという。
しかしそれ以来、早織は息子の様子に異変が起こっている気がしていた。
そんなある日、湊が帰宅しないため捜索していた早織は
廃線跡のトンネルの中で一人
『怪物だーれだ』
と叫ぶ湊を発見する。
そこで湊は保利先生から『お前の脳は豚の脳だ』という暴言を
浴びせられたことを告白する。
湊のケガの様子からも学校でいじめを受けていると確信した
早織は学校に乗り込むのだが・・・。
キャスト
安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、角田晃広、
中村獅童、高畑充希、田中裕子 他
以下、結末までのネタバレを含みます。
未視聴の方はご注意ください。
本記事の情報は2024年12月時点のものです。
最新の情報は各サイトにてご確認くださいませ。
3人の視点で描かれる怪物
物語は同様の時を3人の視点で描かれています。
よって、同じ場面、同じ人物であるにも関わらず
全く異なる見え方が映し出されることに視聴者は驚愕するのです。
一体何が真実なのだろうか・・・と。
息子を守る母親
早織は湊が帰宅した際に靴が片方しかなかったことや、異変、
ふさぎこむ態度から、学校でいじめにあっているのではないか?
という疑念が生まれます。
湊に問いただすと担任の保利先生から暴力を振るわれたり、
『お前は豚の脳だ』という暴言を吐かれているというのです。
憤慨した早織は学校に抗議をしに行きます。
しかし責任者であるはずの校長はまるで他人事のような態度に
事務的な対応で途中離席してしまいました。
当事者である保利は誤解だと主張しますが、口では謝るものの、
へらへらと笑みを浮かべたり、シングルマザーであることを差別視するような発言をし、
極めつけは怒り心頭中の早織の前で、飴を口に含みだしたのです。
さらに湊はいじめの加害者であると主張する保利に対し、
こんな先生がいる学校に通わせられないと言い放つのでした。
無神経で生徒思いの熱血教師
一方で保利の視点では保利は湊を殴ったのではなく、
教室で暴れる湊を止めようとした保利の腕があたってしまったことが
原因でした。
さらに湊は星川依里という生徒をいじめていると考えています。
しかしその経緯を校長や同僚に話そうにも、
『本当のことなんてどうでもいい』
と言われ、学校を守るために罪を認め謝罪することを強いられます。
早織と学校との板挟みになり精神的に追い詰められた保利は
恋人の広奈に
『飴でも舐めてリラックスして』
と渡された飴を早織の前で思わず含んでしまったのです。
そうして湊に暴言と暴行を与えた疑いが払拭されることはなく、
早織も弁護士を立てて学校と対峙するようになると、
保利の立場はなくなってしまいました。
学校を追われた保利は、マスコミにも付きまとわれるようになり、
広奈さえも去って行ってしまいます。
事件は周知のこととなり、嫌がらせも受けるようになった保利は
引っ越しも余儀なくされました。
荷造りをしていて見つけたい依里の作文の誤植をしていると、
保利が間違いを指摘している文字が
湊と依里の名前になっていることを発見します。
そして『湊は依里をいじめている』
というのは自分の間違いで、本当は2人はお互い特別な存在として支えあっていた
のだいう真実に気づき、嵐の中、湊の元へ向かったのでした。
自分は何者なのかという苦悩
湊はいじめられっ子の依里が好きでした。
けれども自身もいじめられることを回避したかった湊は、
公の場で依里と話さないようにしたり、
時にはいじめに加担するような態度をとっていました。
家では父親に『豚の脳』をもった『化物』だと言われ、
学校でも男子生徒からいじめの対象になる依里。
しかし自分も依里と同じ要素があることを自覚する湊は
自分も豚の脳で化物なのかもしれないと葛藤するのです。
保利が生徒に投げかける
『男らしさ』
早織が望む、『普通の結婚』は湊にとって酷な発言でしかなく、
『自分は父親のようにはなれない』
と早織に告げることが精いっぱいのカミングアウトでした。
そんな中、同じ境遇の依里とは
『怪物だーれだ』
という合言葉を筆頭に2人の秘密は増えていきました。
ところがある日、湊は依里への気持ちが友達としての好意以上のもの
だと確信してしまいます。
それは自分が今生きているこの世界に受け入れてもらえない
恐怖とも同意でした。
自分の正体や秘密を隠そうとすればするほど嘘は大きくなり
優しい先生だと思っていた保利を追いやってしまいました。
後悔の念に襲われ校長に打ち明けた湊は
改めて、依里の元へ向かいます。
すると依里が父親に虐待を受けており、
2人は嵐の中、秘密基地へ逃げ込むのでした。
校長の嘘と二人の結末とは
湊が一人で謝っている姿を目撃した校長は
『誰に謝罪しているのか?』と声を掛けました。
『嘘をつきました。保利先生は悪くない』と告白する湊に
『私も一緒だ』と言います。
すると秘密を隠すための嘘だったと話した湊に
『誰でも手に入るものを幸せというの』
と校長は話したのでした。
嘘の行方
校長がついた嘘とは何だったのでしょうか。
おそらく、孫の事故に関することなのではないかと推察しています。
事故の責任は校長にあったということです。
学校の床を削るように掃除していたのは
その汚れがまさに学校にしがみついて夫を身代わりにした
汚い自分の心のようだったからなのではないでしょうか。
そして学校を守りたい、校長だからといった理由も
建前に過ぎず、本心では悲劇を認めたくない、
刑務所で過ごすことへの恐怖の念もあったのではないかと思います。
本当のことを隠すためについた湊の嘘。
しかし湊はそこにしっかりと向き合い、自分の非を認めました。
よこしまな気持ちでついてしまった校長の嘘。
あの嵐の中、川を見下ろし佇んでいた校長もまた
嘘を正すことを決意していたのだと推察しています。
ラストシーンの意味
ラストは嵐の中で、湊を傷つけてしまったことを謝罪しに行った
保利と湊がいないことに気づいた早織が共に、
2人を探しに秘密基地へ向かいます。
『生まれ変わるってなに?』
そう自問しながら見つけたのは
横転した秘密基地でした。
窓を開けると、そこに2人の姿はなく・・・。
嵐が過ぎ去り晴れ渡った草原を駆け抜ける
湊と依里。
『生まれ変わったのかな?』
と問う依里に湊は
『そういうのはないよ。元のままだよ』
と答えます。
すると依里は『良かった』と言って物語は幕を閉じました。
そこで視聴者が気になるのは、
あの嵐の中、土砂崩れが起きる状況で、
少年たちが無事に生き残ることができたのかという疑問。
それに追い打ちをかけるような、
自分たちが『生まれ変わったのか』というセリフ。
見る人によって解釈が分かれるようなラストでしたが、
筆者は、2人が自身を受け入れ、豚の脳をもつ化物ではない、
人間として何も恥じることなく生きて行く未来
を示唆した場面だったと思いました。
だからと言ってすべてがすぐにうまく行くとは限りません。
特異な視線を受け、からかわれたりいじめも続くかもしれません。
しかし少なくとも、早織はありのままの湊を受け入れ、
誤解が解けた保利も学校に復帰し、2人の味方として支えて行ってくれるでしょう。
あの嵐の日、豪雨の中で、酔いつぶれていた依里の父親をどう見たでしょうか?
化物の息子を人間に戻すという責務から解放されすがすがしい表情に見えたでしょうか。
それとは逆に、妻が出て行った悲しみの矛先を息子に向け、
挙句に父親という責任を放棄する自責の念に堪えられずお酒に
逃げているようにも見えました。
だとすれば依里の父親もまた、少しずつありのままの(父親にとって)
理解不能な息子を受け入れる努力をしていくことも考えられます。
そんな風にして、2人にとって冷たかった世界は、嵐を経て
少しずつその風景は明るく温かく変化していく・・・。
そんなラストだったように思います。
『怪物』その他の考察と感想
気になったのは冒頭の火災を起こした人物は
星川依里だったのか?ということです。
その謎は明確には描かれなかった
ということこそが、自身で見ていないことは憶測でしかない。
という答えなのだと思いますが、あえての無粋な推察をするとするならば、
筆者は火災を起こしたのは星川依里なのだと解釈しました。
チャッカマンを握って火災の様子を見ていただけでは証拠にはなりませんが、
校長とぶつかり、意味ありげにそれを眺める表情から、
校長も目の前にいるこの子が火を放ったのでは?と疑ったという描写だと感じました。
そして何より、湊が問いかけた
『あの火災は星川君なの?』
という質問に否定していないことが大きいと言えるのではないでしょうか。
さらには、
『ガールズバーでお酒を飲んでいる父親の体を気遣った』
という動機のような発言も描かれています。
しかしながら、答えの出ない不確かなことは
下手に勘繰らないこと
それこそが怪物を起こさない手立てなのかもしれません。
3人の視点から描かれた同じ出来事が
ここまで違って見えることは決してフィクションでは
ないのだと思いました。
そう考えると、たった一言の重みを痛感してしまいますね。
そして人から聞いた噂による先入観や普通という名の
思い込み・・・する方になってもされる方になっても
過酷です。
思えば、息子をいじめる担任教師という早織のフィルターが
保利の行動をどんどん悪化させていきました。
そして正しくは『こんな先生のいる学校に・・・』と言うべきところを
『こんな学校のいる先生に・・・』
と言い間違えをしてしまう精神状態に置かれた早織の視点が鑑賞者に対しても
あたかも保利をふざけた教師に演出していました。
それも日常にあり得る風景ではありますよね。
全編を通していたるところに見え隠れしていた『怪物』の正体は
理解できないもの、普通と違うこと、未知のものなどを
怖がったり、非難したり、拒否したりする
その感情なのではないでしょうか。
校長にも、早織にも、湊にも、依里にも、木田にも保利にも・・・
全員が怪物になり得るのだと言えます。
そして私にもあなたの中にも怪物が潜んでいることを
自覚し、優しい目線でおさえつけることを
忘れないようにしようと思う一作です!