アメリカで実在した「メイ・ディセンバー事件」と称された
スキャンダルを元に描いたフィクション
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
を視聴しました。
ラストに登場する蛇の意味は何なのか?
など気になる謎について推察しています。
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』あらすじ
🦋アカデミー賞®脚本賞ノミネート🦋
— 映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』公式 (@maydecember_jp) April 10, 2024
『#メイ・ディセンバー ゆれる真実』
ポスター解禁 #ナタリー・ポートマン #ジュリアン・ムーア
監督 #トッド・ヘインズ『キャロル』
36歳女性と13歳少年の
不倫、獄中出産、出所後の結婚
実在の事件
当事者の心で追うか
よそ者の目で追うか pic.twitter.com/c0Lr1rKLME
59歳の主婦・グレイシー・アサートン=ユーは現在
23歳年下の夫・ジョー・ユーと3人の子どもたちと共に
優雅な暮らしをしていた。
そんなグレイシーは23年前の36歳の時、
既婚者だった彼女が勤務先のアルバイトで、
当時13歳だったジョーと性的関係に陥り実刑判決を受けた。
その後、グレイシーは獄中でジョーとの子どもを産み、
出所後はジョーと再婚をしてさらに双子の男女を設けていた。
しかし今もなお嫌がらを受けるなど世間からの目は
厳しいものだった。
そんな彼らのスキャンダルが映画化されるにあたり
グレイシーを演じる主演女優・エリザベス・ベリーが
彼らの元へ取材に訪れたのだった。
キャスト
ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトン、
コーリー・マイケル・スミス、パイパー・カーダ、D.W.モヘット 他
以下、結末までのネタバレを含みます。
未視聴の方はご注意ください。
本記事の情報は2026年2月時点のものです。
最新情報は各サイトにてご確認くださいませ。
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』考察
エリザベスはグレイシーという役を吸収するために
実際の当事者たちの真実を探し求めることに貪欲でした。
取材と称してグレイシーやジョーにとどまらず、
グレイシーの最初の夫・トムや彼との次男でジョーの友人だったジョージ―、
グレイシーとジョーが出会ったペットショップの店長、
そして当時グレイシーの弁護を担当した弁護士といった具合に
ずかずかとより個人的な領域へ踏み入って行ったのです。
さらにグレイシー本人には彼女のメイクを直接学び
似ている外見を入手することに成功しました。
そんな中ジョージ―から、グレイシーが実兄たちから
性的虐待を受けて育ったという過去の暴露を耳にします。
どんどん深みにはまっていくエリザベスは
ジョーに対しても親近感を持たせ好意をあらわにして
接近し関係を持ってみるという狂気をあらわにします。
そうして複雑で難解なグレイシーという役柄を掴んだと
自負したエリザベスだったのですが・・・。
ジョージーの暴露は真実か?
後日、グレイシーはエリザベスにジョージーが言った
自分に関するおぞましい話は嘘だから信じないでと忠告をしてきたのです。
ジョージーがエリザベスに暴露したグレイシーが
実兄に性的な虐待を受けていたという過去の話は本当に嘘なのでしょうか?
物語の中ではジョージーとグレイシーのどちらの言葉が嘘であるのか
を明かさないまま幕を閉じるので真実は視聴者に委ねられることとなったのです。
皆さんはどちらの言葉を信じられたでしょうか?
筆者の個人的な見解はやはりジョージーは真実を語ったのだと
思っています。
そしてそのことがグレイシーが13歳の少年と恋愛をする
という事態を肯定している所以なのではないかと疑っています。
とはいえあくまでグレイシーの日記に書かれたことであって
その日記自体の信ぴょう性はまた別の話になるのかもしれません。
しかしここでひっかかるのは、ジョージーが秘密を露呈したことさえ
母親に報告しているという異常な関係性ではないでしょうか。
自分の友達と母親が恋に落ちたことで
傷つき精神的なダメージを負ったジョージーの痛みは
今もなおうずき続けているのかもしれません。
卒業式での涙の理由
子どもたちの高校卒業式の前日、グレイシーと口論した
ジョーは子どもたちの卒業式をグレイシーと共に
親族席で見守ることはありませんでした。
たった一人で卒業式を見守るジョーが流した涙には
どんな理由があったのでしょうか。
子供たちのというよりも、高校生たちの青春のクライマックスを
会場の片隅で目の当たりにしたジョーは彼らの姿に自分を重ねたのでしょう。
そしてはっきりと気づいたのです。
今の自分を誇れないのはそこに自分の望みや意志が
存在しなかったからだと。
そんなあり得た未来に流した後悔の涙だったのではないでしょうか。
ジョーが子どもたちに愛情を注ぎ、彼らが成長して間もなく巣立っていく
過程を喜び感銘していたこともまた事実なのでしょう。
それでもあの涙には、禁断の領域に踏み込まない決断が
出来なかったという自責や、
もしも時が戻るのならばあの場には自分も存在させたかった。
今しかない青春を謳歌したかったという本当の気持ちが叶わなかった
後悔が滲んでいました。
ラストの蛇は何を意味する?
グレイシー一家への直撃取材の末、
いよいよ映画の撮影に入ったエリザベスのラストシーン。
グレイシーに扮したエリザベスが首に巻き付けた蛇
は何を意味しているのでしょうか?
蛇が象徴するもの
蛇には『再生』や『復活』のようにポジティブな意味がある反面、
『罪』や『誘惑』、『支配』といったネガティブの象徴でもあります。
他にも多くの人が思い浮かべるのは
『失楽園の蛇』なのではないでしょうか。
失楽園の蛇といえば、人間をそそのかして、
禁じられた果実を食べさせることに成功した生物です。
その目的は復讐と堕落でした。
無邪気の正体
ペットショップという可愛らしい動物たちも存在する中から
あえて蛇を選んで自身に巻き付けた意図とは何なのでしょうか。
文字通り、蛇を首にまくグレイシーこそが
ジョーを騙したという罪を背負っているということを示唆したのでしょう。
エリザベスは2人の関係を
失楽園の蛇(グレイシー)と人間(ジョー)という風に解釈したのだと思います。
だとすれば、グレイシーが復讐したかったのはトム
なのではないでしょうか。
終盤でグレイシー一家とトムの家族が同じレストランで
出くわしてしまう場面で、トムの隣に居たのはグレイシーより
はるかに若い女性でした。
当時もトムが若い女性と浮気をしていたり、興味を持っているそぶり
をしていたなど何等かのグレイシーに対して裏切り行為をしていたのだと
したら・・・。
きっかけはグレイシーの若さへの嫉妬とトムに対する復讐だったのかもしれません。
そしてグレイシーが懐妊したことにより、
崩壊しつつあった夫婦仲を立て直すことよりも
若く、言いなりになりそうなジョーを新しい人生の伴侶とする
道を画策したのだと推察しています。
グレイシーVSエリザベス
グレイシーの首に蛇を巻き付けたエリザベスの見解は
やはりグレイシーはこのスキャンダルの首謀者で確信犯であり悪女
なのだということ。
しかし最初からそれだけではなく凡人には理解できないような、
複雑な悪女を演じたかったエリザベスはグレイシーにこそ
その素質があると信じていたのです。
そしてジョージ―からグレイシーのおぞましい過去を聞いた時、
それは自信と確信に変わり、役をつかみ取った気持ちでいました。
ところがグレイシーはそのおぞましい過去はデマだと断言し、
自分は至って正常なのだと告げたのです。
自信は打ち砕かれ、演じるスタイルが未完成のまま
撮影に挑んだエリザベスはひとまずグレイシーが悪女であることを
表現するために蛇を用いたのでしょう。
それは女優として自分自身の力量ではグレイシーを表現できなかった
ことを意味し、焦りと納得しがたい状況を前に、
同じシーンを何度も撮り直していました。
一方のグレイシーはジョーに見せる無邪気でか弱い自分、
ジョージーに見せる確固たる強い母親など
その時々で相手に会わせて自分を演出することに長けていたのです。
ジョーも周囲も見事にグレイシーに翻弄されていました。
そしてエリザベスも結果的に翻弄されてしまったと言えるでしょう。
演者としてエリザベスよりグレイシーの方が、はるかに上手だったのです。
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』感想
かすかに記憶に残るアメリカでの実際のスキャンダル。
もちろん詳細は知らなかったので、本作がその真相をなぞっている
ことを知り、グレイシーを演じるために真相を探る女優・エリザベスの
視点から視聴がスタートしました。
しかしながら、ちょっとエリザベスって性格悪いかも?!
そう感じた時、グレイシーの罪自体は肯定できないものだけれど
一生をかけて償うことも厭わないほどの純愛だったのかもしれない
となびいたのも束の間、
誘ったのはあなた
というジョーにとって人生が囚われの牢獄と化した
パワーワードが心に突き刺さります。
ジョーはグレイシーを犯罪者にし、人生を狂わせた加害者として
縛られ続けたんだ・・・と。
グレイシーはジョーを逃がさないために、
可愛い服を着て、無邪気を装って、ジョーが居ないと生きて行けないふりをした。
しかし奇しくもグレイシーを完璧に演じたかったエリザベスによって
ジョーの洗脳が解け始めてしまうという結末に至るのです。
一方で知名度の割にろくな代表作がない女優・エリザベスは
グレイシーのような複雑で理解しがたい悪女を完璧に演じることで
演者としての地位を確立する野望を持っていました。
ところがラストシーンでの演技は蛇という恐らく実際はなかった
小道具を用いる小細工なしではグレイシーを演じきれなった
お粗末さを披露してしまっただけでした。
エリザベスのその映画がまたイマイチな経歴に名を連ねるのだろう
未来を連想させました。
実際の事件の当事者の方は本作に不快感をあらわにしたと言います。
そんな風に『真実』とは本人以外の誰にも、もしくは本人にでさえも
解き明かすことは難しいのかもしれません。
ジョーが激高したように、物語ではなく人一人の人生なのだから。
衝撃の裏側を覗き見たいという心理は自然なものかもしれないけれど、
覗き見たそれは真実の可能性を秘めたほんの一部
にすぎないのだということを痛感させられる一作でした。
