『佐々木、イン、マイマイン』の内山拓也監督の長編デビュー作
『若き見知らぬ者たち』
しかしながらその評価は
『意味がわからない』、『辛すぎる』など
の酷評レビューが目立つ結果に・・・
その要因の一つには疑問が多く伏線回収がほぼない映画であることがあげられます。
そこで本記事では、正解ではないかもしれない一個人の解釈を綴ってみました。
『若き見知らぬ者たち』あらすじ
┊✧✧✧本ビジュアル解禁✧✧✧┊
— 映画『 若き見知らぬ者たち 』公式(全国公開中) (@youngstrangers) July 3, 2024
「何が彼を殺したのかー。」
映画「#若き見知らぬ者たち」𝟮𝟬𝟮𝟰.𝟭𝟬.𝟭𝟭(𝗙𝗥𝗜)#内山拓也 #磯村勇斗 #岸井ゆきの#福山翔大 pic.twitter.com/3bnbEIrZuG
風間彩人は父・亮介を失くし、残された母親・麻美は難病を患っていた。
亮介は多額の借金を残しており、その返済と介護に追われる彩人は
昼間は工事現場で働き、夜は両親の店であったカラオケバーを開いていた。
彩人には弟・壮平がいたが、総合格闘技の選手をしている弟は
介護を手伝うものの、練習の日々に勤しんでいた。
ほぼ一人で借金返済と介護という重責を背負った彩人には
心身共に支えてくれる日向という恋人の存在があった。
日向は看護師をしており、たとえ夜勤明けで疲れていても
彩人の家に帰り家のことを手伝ってくれていた。
そんな日向との未来だけがかすかな希望だった・・・。
キャスト
磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔太、霧島れいか、豊原功補、
伊島空、東龍之介、長井短、滝藤賢一、染谷将太 他


以下、結末のネタバレを含みます。
未視聴の方はご注意ください。
本記事の情報は2025年4月時点のものです。
最新の配信状況は各サイトにてご確認くださいませ。
若き見知らぬ者たちを待ち受ける結末
借金返済のために昼も夜も働きづめの彩人でしたが
そんな最中にも麻美はスーパーで無銭飲食をしたり、
近所の畑を荒してしまう症状が出ていました。
そのたびにスーパーや畑へ出向いて平謝りする彩人。
疲れ果てて帰宅をすれば部屋は荒れ放題で足の踏み場もなく
麻美は大量の卵焼きを作っていました。
彩人は手に負えないくらい散らかった部屋、麻美が出しっぱなしにした水道水で水浸しに
なったキッチンを片付けながら号泣してしまいます。
そんな彩人には親友の大和の門出という嬉しい知らせは、かすかな救いでした。
大和には赤ちゃんが生まれ、結婚パーティーが開催されることになっていました。
大和のパーティーに出席したい彩人に日向は、家のことは任せて楽しんで来て
と送り出してくれました。
彩人が外出した後、日向はフライドチキンやケーキを爆食いするも、
突然の吐き気が襲いかかります。
そういえば最近眠くて仕方がなかったこともよぎりトイレでうなだれる日向でした。
大和の結婚を祝うために店を早めに締めようとした彩人でしたが
酔った3人組が入店して来て、
閉店を告げる彩人に酒をだせ、店番をしているから出かけて来い
と無茶な注文を次々に発してきました。
それを拒否する彩人に男たちの1人が頭部をめがけて酒の瓶で殴打します。
さらに流血する彩人を店外に連れまわし、駐車場で暴力を振るう男たち。
そこへ警察が駆け付けるのでした。
安堵したのもつかの間、駆け付けたのは以前に彩人との間にいざこざを起こした警官たちでした。
その際、彩人はこの警官たちに職務質問をされていた若者に対し加勢に入った
ことから、警官たちにとって彩人は国家権力に対し反抗的な人物とされたのです。
そんな彩人の顔に気づいた警官は、加害者の3人を逃がし、
彩人の口に布を突っ込み、タイヤ止めのブロックに顔を押さえつけ、
手錠をかけて連行していきました。
警察署へ向かう途中の車内で意識を失っている彩人に気づいた警官たちは
急遽病院へと向かいますが彩人は帰らぬ人となってしまいました。
彩人の元へ駆け付けた、大和や日向や壮平など友人や家族は突然の知らせに
悲しみにくれることしかできませんでした。
しかし後日、大和は再び警察署を訪れ
『彩人はそんな事件を起こすような人間ではない。本当のことを教えてくれ』
とあの日現場に居合わせた警官の一人に詰め寄ります。
ところがその警官は、彩人は過去に何度も警察に世話になっていると話し、
そう簡単に人は変わらないのだと断固として口を開きませんでした。
そんな警察官に大和は彩人を信じていると返すのが精いっぱいでした。
一方で壮平は格闘技の試合で勝利を勝ち取りチャンピオンに昇り詰めるのでした。
彩人を探して壮平の友人の警察官である治虫の前に立ちすくむ麻美の姿がありました。
彩人が居なくなった日常の中で
チャンピオンになった壮平は、店を引き継ぐために掃除をしていました。
治虫は麻美と対面した直後、辞職願を提出します。
風間家では麻美と向かいあって食事を摂る日向の姿がありました。
そんな2人を写真の中で満面の笑顔を見せる彩人が見守っているのでした。
『若き見知らぬ者たち』の伏線を深読み回収
数多くの伏線や疑問が生まれる本作ですが、
それらの答えは殆ど回収されずに物語は幕を閉じます。
そのことが本作の感想で
『辛すぎるだけ』や『意味がわからなかった』
などの辛口レビューが一定数存在する所以なのでしょう。
監督が思う答えというのは描かれなくとも存在するのだと思います。
その答えとは異なる解釈になるかもしれませんが
気になる疑問を推察してみました。
麻美の介護を背負う彩人の心理
前側頭葉変性症という指定難病を患ってしまった麻美。
この病気の症状は劇中でも示唆されていたように、
人格が変貌し、異常な行動を繰り返します。
独立して社会で生きることは不可能と思われ、
効果が期待できるような治療法もないのだといいます。
昼も夜も働いている彩人だけでは介護を担うのは困難だというのが
他人が下せる見解なのではないでしょうか。
では彩人は何故、社会福祉を頼ったりしないのか?
そしてそもそも麻美は何故病気になってしまったのか?
などの疑問が沸いてきます。
しかし彩人は最初は何等かの助けに頼ろうとしたのではないか
と推察しています。
その結果、門前払いを受けたり、十分な対応をしてもらえず
心が折れたのではないでしょうか。
そしてかつての亮介のように社会に対する不信が募って
助けを乞うという選択が出来なかったものと思われます。
また、麻美の病気の発症は夫である亮介を失ったことに
関連していると思われます。
それは、借金を抱える亮介の真意が理解できず、
激しく責め立てた結果、亮介は帰らぬ人となってしまったという自責の念に
押しつぶされたのではないでしょうか。
しかしながら、彩人もまた、過去に何度も警察の世話になっている
という警察官の証言から、麻美が失意のどん底に落ちている最中に
支えてあげることができなかったから発症してしまったのではないか
という後悔を抱えているのかもしれません。
そのことから、彩人がほぼ一人で借金の返済と介護という重責を
担うのは自身に罰を与えているという側面もあるのだと思いました。
亮介の身に起こった謎
物語の終盤で、実は亮介は元警察官で表彰されるなど優秀であった半面、
誤認逮捕をしてしまい精神的に追い詰められていたと示唆されています。
劇中で麻美が開くスクラップブックだけの描写なので
亮介に何が起こったのか
ということの詳細は描かれていません。
そこで沸く疑念が、
誤認逮捕は亮介だけの罪だったのか?
亮介は本当に自ら命を絶ったのか?
という点ではないでしょうか。
もしかしたらベテラン刑事が彩人を加害者に仕立て上げ
連行した際、若手の警察官は彩人が被害者であったことに
心を痛めて後に風呂場で絶叫したように、
亮介はあの若手警察官の立場にあった可能性はないでしょうか。
万が一そうだとすれば、精神を病んでしまい、
内情を露呈しかねない亮介は本当に自殺なのか?
真実は揺らいでくるのかもしれません。
ともすれば、亮介の使い込みも、誤認逮捕されてしまった被害者家族に
送金されていた可能性も捨てきれません。
そして自分だけがトカゲのしっぽ切りのように退職に追い込まれたとすれば
息子たちに
【この世のあらゆる暴力から自分の範囲を守れ】
と言い聞かせ、格闘技を教えこんだのも
せめて息子たちだけは社会の不条理や権力に押しつぶされることがないように
という願いがこもっていたのかもしれません。
彩人が見知らぬ若者に加勢した理由
彩人は警官2人に職務質問をされている若者が
自身の潔白を訴えている様子を見て黙って通り過ぎることができませんでした。
しかしこのことが彩人の最後の不幸に繋がってしまいます。
なぜ彩人は助けに入ったのでしょうか。
過去に警察のお世話になっていた彩人は
その後も悪人扱いをされたように、
一度失敗をしてしまった者が再び信頼を得るのは難しいことを痛感したのです。
彩人自身も更生をした後にも何度も職務質問を受けたのかもしれません。
自分はいつまでも色眼鏡で見られる
そんな警察や社会に対する不信は蓄積し、
あの若者に起きている出来事が他人事には思えなかったのでしょう。
もしもあの若者が潔白にも関わらず逮捕されることがあれば
その人生はめちゃくちゃになり待ち受けるのは一生背負う地獄だからです。
カラオケバーに残された証拠の行方
彩人はカラオケバーの店内で酒の瓶で殴られたことによる
多量の出血をしていました。
その痕跡が残る店に大和と壮平が別々に訪れるのです。
大和が店に訪れた際、店内の照明は点きませんでした。
そしてその前に警察所に直談判に行った大和は
再捜査を受け入れられず彩人の前科の件も持ち出され意気消沈していました。
そんな精神面もあって、大和の場合は床に散乱した瓶や
出血の後に気づかなかったのかもしれません。
友を思う気持ちで精いっぱいだったのではないでしょうか。
一方で壮平の方は、警官の治虫との会話においてその答えが示されている
ように思います。
壮平はおおよその事件の内情を予測していたのです。
そして治虫に対しても
『どうせやつらは捕まらないんだろ?』
と話していました。
それでも富裕層でもなく権力も持たない自分にそれを覆せないことも理解しているのです。
どうせその証拠を持ってしても、警察が彩人のために動くことはない
という諦めの気持ちが優先されたのです。
さらに、彩人を失ったことで、壮平に待ち受けるのは
彩人の役目だったことを全て担うということでした。
かつてサッカーを諦めた彩人のように、格闘技か何かを犠牲にしなければいけない
未来も待っているかもしれません。
店に残された証拠を自ら片付けたのは前に進み
過酷な現実と彩人の遺志を受け継ぐ決意を固めたということなのでしょう。
彩人と松浦を襲う妄想の意味
本作には彩人とベテラン警官の松浦が拳銃で打ち抜かれる
という妄想シーンが存在します。
その場面に隠された意味を考えてみました。
彩人の場合は、言わずもがな
心も身体も限界を迎えていたという示唆なのでしょう。
自制のきかない麻美の介護と麻美の行動のしりぬぐい、
そして昼も夜も働きずめの日々。
社会は助けてくれなかった。
とすればこの生活はいつまで続くのか?
そもそも自分が支えなかったせいで母は病気になったのではないか?
日向が居なければもっと大変なのに、その日向を幸せにしてあげることが
できない不甲斐なさ
そして同じ家庭に生まれながら自分の夢を追っている壮平と比較して
夢を諦め自分のためではない過酷な人生に嫌気がさすこともあったでしょう。
色んなものに押しつぶされていた彩人はただ生きているだけの状態でした。
少し気がゆるんだらすぐに終わってしまう
そんな状態を示唆した場面でした。
一方で、彩人の事件後、彩人の人生を終わらせたうちの一人
と言っても過言ではないベテラン警官の松浦は
彩人の亡きあと事件現場を訪れ、自身が彩人の顔を押し付けた
タイヤ止めのブロックに染み付いた血痕を見つめていました。
彩人の家族や友人に平然と嘘をつき
隠蔽を遂行した松浦には警官として市民を守るという正義は
打ち抜かれてもうなくなってしまったという隠喩ではないでしょうか。
松浦の身に待ち受けるのは不穏な気配がしてくる妄想でした。
『若き見知らぬ者たち』感想
自転車で走りながら片手で構えた拳銃で自らを打ち抜く彩人
そしてタイトルコール
という衝撃的に始まる本作ですが、
この場面の衝撃さに反して、彩人の命が消えるのはあまりにもあっけなく
静かすぎる一瞬の出来事でした。
あの時の彩人は生きることに限界を迎えながらも
ただ友人の幸せを祝いたいというそんな小さな生きる理由さえ叶うことはありませんでした。
日向が自分の妊娠に気づいたのはいつなのか?
もしも日向の妊娠が露呈していて彩人にも日向との家族という
明るい未来があったのなら結末は変わっていたでしょうか。
あまりにも虚しく物語のクライマックスを待たずに退場してしまった彩人。
あっけにとられる鑑賞者のように、
劇中の残された人たちの心にも空いてしまった大きな穴。
麻美が彩人の死後、壮平の友人である警察官の元へ行ったのは何故なのか?
彩人を探してもらおうと尋ねたのでしょうか。
そして隠蔽の事実を知る治虫は自身が関与していないその事件に
自責の念がぬぐいきれず警察への思いが崩れ去って
辞職をする勇気となったのでしょうか。
この物語は序盤から重たい雰囲気がのしかかり
悲劇は加速していきました。
しかしそんなストーリーが辛いことだらけではないと言った
主演の磯村隼人さんの言葉を借りるならば、
彩人の居ないその世界で彼の気持ち、魂の叫びを大和や日向や壮平は
感じ取り、叶えられなかったその願いを叶えるべく受け継ぐのではないでしょうか。
大和は彩人を信じ続け、楽しいことだけを思い出に残そうと決めたのでしょう。
壮平は彩人がやってきたように、店と介護を引き受ける決意をしたのです。
そしてお腹には彩人の子どもが育つ日向は本作のラストで
麻美を見つめ笑顔を見せます。
その笑顔の意味をどんな風に捕らえるのかも鑑賞者次第であると
言えますが、今回は磯村さんの意向通り前向きに捉えることとしました。
日向は壮平と協力しながら、でも彩人とは異なり社会に助けてもらいながら
頑張りすぎずに介護と育児を担っていくのではないでしょうか。
あの笑顔はどんな苦境が待ち受けていたとしても、
子どもを通して私たちは家族になった。
だから一人じゃないから、
『楽しく生きようよ』という覚悟を決めた
母性の笑みだったように映りました。
有名人の人生であれば全てが本物とは限らなくとも
ネットでそれを垣間見ることができます。
でも名を知ることもない人生は他人は知る由もなく
だとすれば、誰かにとってはその辛さも孤独ではないことの慰めになったり、
激励になったり、はたまた戒めとなるのかもしれません。