『ガス人間』考察|なぜ兄は襲われ妹は生き残ったのか?ライターの意味と蓮が失ったもの

ドラマ

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Netflixドラマ『ガス人間』には主人公の小栗旬蒼井優の他にも
さまざまな主役級俳優が出演しています。

そのうちの2人がユーチューバーの富士太を演じる林遣都
とその妹の華歩を演じた広瀬ずずの兄弟ではないでしょうか。

そしてこの2人に関しても気になる場面がありました。

★作品全体のあらすじや基本的な設定については、こちら👇の記事で詳しく考察しています。

以下、「ガス人間」の内容に関する重大なネタバレを含みます。
未視聴の方はご注意ください。

都知事・三浦は、ガス人間の秘密を掴んだ冨士太と華歩の兄弟を始末するよう命じました。
しかし、結果的に殺されたのは兄の冨士太だけだったのです。

藤士太は漣に打ち勝ったのか?
それともガス人間には自我が残っていたのか?

本記事では、

・なぜ華歩は助かったのか。
・なぜ
士太は、最後にあのライターを使ったのか。

という謎を深読み考察しています。

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ガス人間を利用する者たち

富士太華歩の兄弟は、ガス人間の存在を追い続け、
その居場所を突き止めることに成功した時、
京子が現れました。

そしてガス人間を巡って、様々な思いが展開していくこととなります。

京子は、ガス人間を利用して復讐を果たそうとしていた
全てを終えたら自身の責任を果たすつもりで・・・。

しかし、富士太はその存在を別の目的に利用しようとします。

さらに都知事の三浦にとってもガス人間は魅力的な兵器でした。

ガス人間をチャンネルのために利用した富士太

京子の目的を聞いて、妹の華歩は、人が殺されるのを黙ってみてはいられない
と憤慨する一方で兄の富士太は違う思いを巡らせていました。

兄弟で動画配信チャンネルを運営する2人でしたが
視聴者数は雀の涙状態で収益もままなりませんでした。

アルバイトを掛け持ちながら生活を支える富士太は
自身のチャンネルをバズらせるため、
ガス人間の危険を認識しながらも彼を利用したのです。

富士太が
他者の命や存在を、自分の目的のために利用してしまった
裏にはこの生活から抜け出したいという希望がありました。

そしてそれは自身のチャンネルより何より華歩のためだったのではないか?
と思うのです。

しかし結果的には富士太がガス人間を知欲のために利用
してしまったことが、三浦という悪に存在を知られる
きっかけ
となってしまいました。

ガス人間を政治の武器にしたい三浦

ガス人間を富士太が利用していると察知した三浦は
都知事選を控え、自身の政治を有利にすすめる武器として利用できる
と確信しました。

そこで富士太の家を襲撃し、ガス人間について知っていることを
全て明かせば逃がしてやる
と取引を持ち掛けます。

しかし富士太が全て露呈させた後、
三浦はガス人間にを抹殺することを命じたのです。

それはただの口封じではありませんでした。

ガス人間の存在と、その動かし方を知る唯一の人間
消すことで三浦だけの武器にしようと画策したのです。

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なぜ兄は殺され、妹は生き残ったのか?

三浦がガス人間に命じたのは兄妹という文字通り、
富士太と華歩の両者の抹殺でした。

しかし富士太の命を奪ったガス人間は
華歩の命まで奪うことは出来ませんでした。

華歩を逃がしたのは命令の失敗か?
ガス人間の意思なのか?
それとも・・・

妹を救うための心中作戦

華歩の命が奪われなかったのは
富士太が妹を自身と引き換えに逃がしたからでした。

ガス人間が迫ってきた時、富士太は華歩を抱えると
川へ投げ入れました。

すると自身はその身体にガソリンをかぶり
ガス人間を迎えます。

華歩は兄の名を叫びながらもその流れにそって
富士太の元から遠ざかって行きました。

その時、富士太をガスが覆ったのです。
煙に包まれた富士太はライターを取り出すと火を放ち、
爆発を起こした
のです。

ガス人間に勝利することは難しい。
そう思った富士太がとった行動は
見えない力に火という武器で対峙し、
ガスと共にその命を消し去ることだったのではないでしょうか。

三浦が下した
兄妹の抹殺
という命令と、

絶体絶命の場面で富士太の兄として発令した
妹を自身と引き換えに守る
という自我の衝突は富士太に軍配が上がった瞬間でした。

ガスを爆発させることに成功し、
そこで一旦ガス人間も爆風によりダメージを受けたため
命令はそこでリセットされた
のだと解釈しました。

ライターという兄妹の絆と蓮が失ったもの

富士太がガス人間に襲われたとき、最後に手にしたのは、
華歩から贈られたライターでした。

兄の手で川へと逃がされた華歩には、
富士太が襲われるのをただ見ていることしかできなかったのかも
しれません。

しかし富士太にとってはそうではなかったように思います。

華歩の思いが託されたそのライターは
最後の時まで富士太と共に闘ったからです。

それは兄妹の絆であり、兄がなんとしてでも妹を守るという
強い意志であり、富士太と華歩の関係の象徴でした。

それは、かつて京子との未来という希望を胸に危険な仕事へ
行った蓮がガス人間と化して失ったものではないでしょうか。

蓮は「人間性」ではなく「主体性」を失った

一方で妹を守り抜いた富士太とは裏腹に
家族を守りたいという意志さえ失ったガス人間。

蓮は富士太とは真逆に京子という大切な存在を認識できず、
守っていきたいという自身の望みを失ってしまったと言えるでしょう。

しかしだとすれば、
「いとしのエリー」が流れると頬を伝う涙は何か?
ガス化した後、京子との出会いの場であるラーメン店跡地
へ帰って行ったのは自我なのか?

それでも京子を認識できない意味は?
という疑問も浮かんできます。

おそらく思い出の曲を聴き懐かしいと感じる涙を流す。
無意識に家への道を辿ってしまうように記憶の痕跡は残っているのです。

それでもそれらの記憶や感情の残骸を辿り、
大切な人という存在までは思い出せず、
彼女を守りたい
という意志を固める主体性を持たないのです。

だから京子の存在を認識できず、
自分が何者なのかもわからず、
見ず知らずの人の望みを叶える存在となってしまったのでしょう。

蓮は人間らしさを失ったというよりも
人間の感情の破片を持ちながら
それを自分の意志として生きることを奪われたのではないでしょうか。

だからこそラストの京子との対峙で、
少しの記憶が蘇っても
彼女の命を助けることまでは叶わなかった
のかもしれないと思うとより悲しい結末でした。

『ガス人間』なぜ兄は襲われ妹は生き残れたのか|まとめと感想

ガス人間となって凶器と化してしまった蓮。
しかし思い出の曲を聴いて涙を流す姿や
ガス化した後になぜ京子と出会った店へ帰っていったのか。
人間ではなくなったと結論づけるには
不可解なことも多いガス人間でした。

それを踏まえると蓮はガス化して
人間性を失ってしまったというよりは
主体性を奪われてしまった
のではないか
という解釈にたどり着きました。

懐かしいと感じることが出来たり、
慣れ親しんだ道のりに自然と足が向いてしまう・・・

そんな風に何だか気になるとか、知っている気がする
という断片を残しながら

誰が大切なのか?
自分は何を望むのか?
進むべき道はどれか?


といった選択する意志は失われてしまったのではないでしょうか。

一方で、蓮とは対照的に目に見えない巨大な敵を相手にしながら
最後の最後まで自身の意志を奪われなかったのが
富士太という兄でした。

ガス人間の本当の怖さは彼がどんな罪でも平然とこなす
怪物だからではないのでしょう。

彼が感情の名残りや人間と同じように言語や涙を見せながら
自分の意志だけを失ってしまった状態だかではないでしょうか。

それはかすかな人間性が残っていながら
もう二度と蓮という人は戻ってはこないのだと
示している気がするのです。

人間を定義するのは何なのか?
記憶か?感情か?それとも自分で何かを選べるということか?

『ガス人間』はそんな問いを投げかける一作でした。

本記事の情報は2026年7月時点のものです。
最新の情報は各サイトにてご確認ください。

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