1997年に公開された監督と脚本を黒沢清氏が担当した
サイコ・サスペンス映画
『CURE』
連続猟奇殺人事件を追及する刑事を役所広司が演じ、
事件とそれに関わる謎の男に迫ります。
公開から時間が経過してもなお語り継がれるのは、
本作が視聴者に多くの謎と恐怖を残し
見る度に新たな解釈を生む作品だからなのかもしれません。
本記事では一つの解釈として
・間宮の正体
・「あなたは誰ですか?」という問いの意味
・記憶喪失の真相
・高部の結末
などを、人間心理という視点から考察していきます。
映画『CURE』あらすじ
第13位
— 宮岡太郎@映画レビュー (@kyofu_movie) March 10, 2023
「CURE」
(萩原聖人)
黒沢清監督の名が世界に轟いたサイコスリラーの傑作。虚無そのものを体現した萩原聖人の恐ろしさ。「あんただれ?」の言葉に導かれて簡単に人が人を殺してゆく異様さに背筋が凍る。作品全体を支配する全貌の掴めない闇…観客のアイデンティティをも揺るがす不朽の恐怖映画 pic.twitter.com/QKf6gXPGWF
都内で被害者の首筋から胸元にかけてX字の傷が刻まれる連続猟奇殺人事件が発生。
しかし、逮捕された犯人たちは皆その場で犯行を認める一方、
動機を説明できず、互いに面識もなかった。
事件を担当する刑事・高部は、捜査を進める中で、
自分の名前や過去さえ曖昧な謎の青年・間宮と出会う。
やがて、高部は間宮と事件との間に奇妙な共通点があることに気づいた。
果たして間宮の正体とは何なのか。
そして、連続殺人事件の背後には何があるのか。
キャスト
役所広司、萩原聖人、うじきつよし、中川安奈、洞口依子、戸田昌宏、
春木みさよ、でんでん、田中哲司、諏訪太郎、大杉漣 他
以下、ネタバレを含みます。
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最新の配信状況は各サイトにてご確認くださいませ。
『CURE』の事件とは何だったのか
物語の中で起こる連続殺人事件の犯人たちは
全く接点をもたないにも関わらず、
一貫して被害者は首から胸元にかけてXの文字を
刻まれているという共通点がありました。
しかし彼らは自身の犯行だと認めながらも
その手口や動機について曖昧であり説明できないのです。
事件を追う高部は捜査を進める中で、
どの事件にも姿を現しながら自身の記憶が曖昧な謎の青年
間宮を見つけます。
なぜ間宮と接触した人たちは罪を犯してしまうのか?
その答えのカギは間宮という人物自身にありました。
刻まれた「X」の意味
全ての被害者に刻まれた「X」の傷。
劇中で明かされることはなかったその意味ですが、
作品の全体を象徴する重要なモチーフなのではないでしょうか。
一般的に「X」から想像できるのは
否定・交差・未知・転換・変革などさまざまです。
もし「CURE」に当てはめるのならば、
その印はそれまでの社会に向けて見せていた自分を抹消し、
心の奥に押し込めておきたかったものの変革が起きた瞬間を
象徴しているようにも見えます。
実際事件の犯人たちは、医師や教師、警察官など
社会的に善良な人々だったのです。
しかし間宮と出会ってしまった彼らの
心の奥に抑え込んでいた黒い部分は暴走し、
本人の意図せずところで罪を犯してしまったのかもしれません。
だとすれば被害者に刻まれた「X」の文字は
加害者自身の心に発生した変革の証とも言えるでしょう。
そしてそれこそが間宮によって引き起こされた変化だったのです。
犯人たちの共通点
犯人たちには職業や年齢、被害者との接点などにおいて
ほぼ共通点が存在しませんでした。
たったひとつのことを除いては・・・。
そのたった一つの共通点こそ
全員が事件の直前に間宮という男と接触している
ということでした。
それでも事件に直接間宮が関与したという証拠は
何ひとつ見つかることはありませんでした。
間宮は事件に手を貸すわけでもなく、
罪に導くわけでもない。
ただ静かに
あなたは誰ですか?
と問うだけなのです。
一体間宮という男は何者で何をしたというのでしょうか。
間宮の正体とは?
少し話しただけで人に罪をおかさせる・・・
そんなことが出来る彼は超能力者なのか?
催眠術師なのか?それとも精神を巧みに操る心理誘導の達人だったのか?
どの解釈も決定的な証拠は示されず、視聴者に委ねられています。
一方で物語が読み取れる事実も存在します。
間宮は犯人たちを直接誘導することも
脅して従わせたこともありません。
会話を重ねて彼らの感情に触れたということです。
そして間宮に触れられた人たちは
まるで自らの意志のように罪を犯していきました。
つまり間宮は、人の心に悪意を植え付けたというよりも、
彼らが懸命に保ってきた“理性の均衡”を静かに崩していく存在だった
と読み取ることが出来るのではないでしょうか。
「あなたは誰ですか?」を問う目的
間宮の会話の軸になっていたのは
あなたは誰ですか?
という問いでした。
相手が初対面かどうかに関わらず、
何度も投げかけられる、誰ですか?という問いの
目的は何なのでしょうか。
それは同じこの問いを何度も向けることで
相手の自己認識を揺さぶることだったのではないかと思います。
普段、社会の中では誰もが
会社員、医師、教師、警察官、主婦・・・のように
それぞれの肩書きを持って生きています。
しかし何度も何度も
あなたは誰?
と問われるとその問いは自己の心をえぐっていくのです。
社会の中での自身の「役名」が少しずつ崩壊していった結果、
普段は理性や倫理観、他者への共感といった社会性で
抑え込んでいる抑圧した感情や狂気が
一気にあふれ出してしまうのかもしれません。
催眠術ではなく心理操作だった可能性
間宮は相手に触れもせずに罪を犯させたことになります。
それはまるで催眠術をもって操るかのように・・・。
実際、劇中ではメスメリズム(動物磁気説)という催眠術や催眠療法
の先駆けとなった18世紀の学説について間宮が熟知し、
人の意識や精神に影響を与えうる技術を習得していることが示唆されています。
間宮はこのメスメリズムの学説を通して
人の心を本当に治癒する方法は、社会的な倫理や理性をとっぱらい、
内なる本能を解放することだ
と本来の意味をねじまげて結論づけたのではないでしょうか。
そこで間宮がどんな手法を用いたのかを振り返ると、
一般的な催眠術のように相手の意識を遠のかせたうえで
罪を犯すように命令をしたことはありませんでした。
ただ、質問し、答えさせる、
あなたは誰かと何度も問いただしたのです。
そのうちに間宮に尋ねられた相手は
自分自身の怒りや憎しみ、嫉妬や絶望、恐怖といった
普段は心の奥にひた隠し、認めないようにしている本能や狂気を
浮彫りにさせられたのでしょう。
催眠術のように相手に命令を与え、ある行動へ導く
ように誘導したのであれば、間宮が心に触れた全員が
同じ結果になるのでしょう。
しかしその結果は罪を犯す者、自身に刃が向く者・・・
といったように異なるものでした。
だとすれば間宮の能力とは
催眠術というよりは、相手に問いを繰り返すことで
理性により外に出ない様に守られていた狂気
を呼び覚ます心理操作に近いのではないでしょうか。
間宮は相手に潜む狂気を認識させただけでした。
そして解き放たれた狂気が
どう変化していくのかは、
その人自身に委ねられたのです。
だからこそ、それが他者へ向く者、自身へ向く者、
高部のように抗おうとする者・・・
という風に結果が異なるのかもしれません。
間宮は人間なのか?否か?
間宮の正体は何者なのか?
様々な解釈が生まれるでしょう。
筆者としての一個人の見解ですが、
間宮は人間と何かの境界にいるような人物だと思いました。
間宮が没頭していた研究で、
人の心の深層に触れてしまった彼は、
人としての自分自身を失ってしまったのではないかと思います。
その結果、記憶を失い、人格が空になった間宮は、
他者の心の空白に入り込めるようになり、
人の心を壊す媒介と化してしまったのではないでしょうか。
間宮の記憶喪失は本当か?
間宮の記憶喪失に疑念を持った視聴者も多いでしょう。
間宮は自分の名前や住所、過去について曖昧な受け答えを繰り返します。
それは相手の警戒心を解くための演技だったとも考えられます。
一方で、個人的には間宮は記憶喪失を装っていたというよりは、
実際に自我を失い空の状態になっていたという解釈もアリなのではないか
と思いました。
メスメリズムの研究に没頭する過程でたどりついたのは
自我の喪失だったとすれば
本当の記憶喪失とも異なりますが、
記憶喪失を演じているのとも少し違う気がします。
自身を語る過去も、自身の考えも失い、
自我は自分のものではなくなった
いわば間宮邦彦という人自体の初期化が行われた
という状況なのではないでしょうか。
もっと深読みすればそんな状態になった間宮の
中に入り込んだ力や存在が人の心を動かしているのかもしれません。
ラストシーン考察|高部の結末
ラストの廃病院で間宮と対峙した高部は
彼に銃弾を浴びせてしまいました。
撃たれた間宮はXの文字を書き、
満足気な表情を浮かべながら静かに息を引き取るという不可解な結末が
描かれました。
しかし事件はまだ終わってはいなかったのです。
レストランで食事をする高部が接触したウェイトレスの異変でした。
この衝撃の場面は
間宮が生きているのか?
それとも、間宮は高部に継承されたのか?
そんな疑問を突き付けます。
高部は間宮を受け継いだ?
個人的には高部は間宮の力を継承したというよりは
彼の危険な思想を理解してしまった
という表現の方がしっくりくると感じました。
高部は間宮との接触により彼の中でも
葛藤や変化が起こったのは事実でしょう。
刑事・高部としての重圧、妻の介護への疲弊は
心の限界に達していたのかもしれません。
高部の中の理性や道徳観、社会性が抑え込んできた
その感情を間宮の問いによって解放されてしまったのでしょう。
間宮は人を壊していたのではなく、「壊れている状態こそが治療された状態」
だと考えていたのです。
そして高部は、文江を殺すことで、
その危険な治療を自ら体験してしまったということではないでしょうか。
高部は廃病院で100年前の蓄音機から流れる音声を
聞き入っていました。
もし間宮が人を壊す問いを媒介する器だったとすれば
あの時点で高部がその器を受け継ぐために間宮を抹殺したと
言えるのかもしれません。
しかしそれは間宮の時よりもずっと強固な存在へと
アップデートしたのだと思います。
間宮とは異なり、むき出しにされた本能と狂気を自ら受け入れ、
自我を保ち器を受け継いだ後もコントロールしているのですから。
ウェイトレスが豹変した意味
食事を終えて出て行く高部の背後では
血相を変えたウェイトレスがその手に刃物を握り
厨房へと消えていきました。
その後何が起こったのでしょうか。
映画では明確にウェイトレスがどんな行動をとったのか
までは描かれませんでした。
恐らくあのウェイトレスは狂気をあらわにし、
その刃を同僚へと向けた可能性が高い。
・・・・・
と思ってしまったあなたの心の奥にも
狂気は潜んでいる・・・
そんな
あなたは誰ですか?
の問いと同等の意味があのウェイトレスの場面に
隠されているのかもしれません。
『CURE』まとめと感想
間宮は会う人に
「あなたは誰ですか?」
と問い続けます。
それは単なる会話ではなく、相手の自己認識を揺さぶり、
「自分とは何者か」という土台を崩すための行為なのです。
つまり『CURE』は、
「人間は自分自身を本当に理解しているのか」という哲学的な物語
だったのではないでしょうか。
『CURE』という言葉が意味する
「治療」や「治癒」。
間宮はその意味を逆転して捉えているようでした。
彼にとっての治療は心を癒すことではなく、
むしろかき乱して理性や倫理観を破壊し、
その下に隠されている本能や狂気をむき出しにすることです。
人間を苦しめているのは、怒りや憎しみといった本能ではない。
むしろそれらを抑圧し、隠し、社会に適応しようとすることこそが、
人を病ませているのだと。
もし間宮がそう考えていたのだとすれば、「CURE」とは、
人を社会に適応させるのではなく、そのために身に着けた
人格を取り除くことを目的としたのではないでしょうか。
そして高部は間宮が見たCUREを身をもって体験し理解し、
自身のものとし、強化させたという恐怖のラストだった
と言えるでしょう。
「あなたは誰ですか?」
という問いに隠されたのは
誰にも存在しうるもう一人の自分の正体です。
大切なのはその正体が何だったのか?ではなく、
その何者かを自身で受け止められるのかどうかで
結果が別れるということです。
前提として自分の中にある違う自分を知らないことは
もっと怖いと言えるのかもしれません。
そして重要なのは
自身の中にある存在を理解したうえで
支配はされずに過ごすことなのではないか
と考えさせられる一作でした。
